短編読み物2編「小さな工場では」「smells like yamabukiiro」

 短編読み物「小さな工場では」

 小さな工場では十数名の労働者が黙々
と働いていた。工場の片隅では、すでに
失われた言葉を使い、女性がアカペラで
様々な歌を歌っているが、労働者たちは
仕事がとても忙しく、それどころでは無
いといった面持ちで毎日必死に働いてい
た。

工場は365日休まず稼動していた。
女性も休まずに毎日歌を歌っていた。た
だ、失われた言葉で歌われた歌を、労働
者たちは誰も理解出来なかった。歌が彼
らに向けられて歌われているのか、又は
別の意味があるのかすら知る由も無かっ
た。歌詞が分からなくても、メロディー
に興味が出る可能性も、あったかもしれ
ないが、それ以上に彼らの仕事がとても
忙しかったために、労働者たちは、女性
の歌に一切興味を持つことはなかった。
もしくは持てなかった。
その様子は、互いに同じ場所にいながら、
全く異なる世界に存在している様だった。

-------------------------------------------------------------------

短編読み物「smells like yamabukiiro」

「お代官様、こちらが山吹色の華氏でござ
います。」
「ほほう、お主も、その...詩人よのう。」
 町商人は代官の目の前に、山吹色に燃え
る炎を差し出した。

その炎は七色に輝く重厚な作りの小箱の中
でしっかりと、しかし不思議な魅力を放ち、
静かに燃えていた。
「しかし、まさか色にも温度があるとは知
らなかったのう...」
「お代官様、万物は様々なエネルギーが縦
横無尽に出たり入ったりして形成されてい
るのです。ゆえに色にも華氏が存在するの
は至極当然ではないでしょうか?」
町商人に言われた代官は、何となく分かっ
た様な、分からないような気持だったが、
とりあえず小箱の中で燃える山吹色の炎を
じっと見つめた。

薄暗がりの部屋の中、炎を見つめる二人
の顔が山吹色に照らされ、不思議な安らぎ
を感じる時間が流れていった。
どちらとも言葉を発する事なく、山吹色は
静かに燃え続けた。この空間の中では、お
互いの仕事や自身のしがらみを忘れ、ただ
純粋にそれを見つめた。二人は山吹色の華
氏を確かに感じていたのだ。そしてその新
たな感覚を知覚した事を喜び、静かに感動
した。